前回の小話について頂いたツッコミ。
「猫、切ってない。刺してる」
ごもっともで。
そういう事情により、前回の雑記は「猫まっしぐら神妙剣」に改題致します。
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物を書く、という行為は、肉体的ではない何か特殊なエネルギーを消耗するようです。
少なくとも自分はそうです。
精神が燃焼していく感覚とでも言いますか。
燃えているので、当然どんどん減ります。
減ったままでは困るので、補給しなくてはなりません。
文章を書くエネルギーを補充するには、やはり文章を読むのが一番いいようなのですが(自分は藤沢周平を愛用)、どうも消化効率はあまり良くないらしく、エネルギーが溜まる(書く気が湧く)までに時間が掛かります。
急場の際にはあまり役立ちません。
そういう時、助けになるのが漫画。
小説より読みやすいせいか、簡単にエネルギーを補充できます。
言うなれば心のカロリーメイト。
今日はそんな頼もしい連中を奈良原の本棚から三作ばかり、紹介させて頂こうかと思います。
●流され者(リイド社/さいとう・プロ《甲良幹二郎》/脚本:葉山伸)
悪役が好きだ。
悪役が主人公の物語が大好きだ。
難しいことは考えず、ひたすら欲望のままに暴れ回る奴なら、特に良い。
しかし、そういった手合いは物語が進むうち、「悪なのだが、妙に憎めないキャラ」という性格を備え、やがてそれが前面に押し出され、「本当に悪いことはできないキャラ」になっていくことが少なくない。
そうならないのは、「美学を持った悪人」である。
この「流され者」の主人公「壬生宗十郎」。
自分にとって、美学系悪役の最高峰と言えるキャラクターです。
時は幕末。
場所は罪人の流刑地、八丈島。
そこに最高権力者として君臨する島役人壬生宗十郎の、野心と愛欲、闘争と謀略の物語。
主人公は、徹底して、悪。
刃向かう者は殺す。
それも、利用し尽くした上で殺す。
女子供でも気に障れば斬る。
長年連れ添った部下でさえ、己の意に沿わぬところがあれば処断する。
一方で、何かの「筋」を、確かに通している。
彼は島で、つばきという女性を愛した。
また、母であり姉である女性(彼は「畜生子」なのである)を神聖視していた。
しかし、そのどちらも彼は斬る。
彼女らが野心の邪魔となったからだ。
――おかしな話かもしれないが。
その時、彼は「悪」ゆえに殺したのではない。
筋を通すために殺したのである。
彼が二人に対して抱いていた心情は偽りではなかった。
だが、野心のため幾多の人間を手に掛けてきた彼が、その二人だけを例外として救うことは、許されなかったのだ。
「筋」が許さなかったのだ。
だから彼は殺した。
「悪」としての、「筋」を通して。
悪人を美しく描くという行為は、本質として卑怯なのだと思います。
それでも陶然とせずにいられない。
壬生宗十郎。
この男はたまらなく汚く、美しい。
そんな男を見てみたいという方には、「流され者」、お勧めです。
……でも第二部明治篇だと、虚淵の旦那の言葉を借りて言えば、なんか妙に丸くなっちゃってるんですよなー。この人。
自分としては、つばきへの愛情をさっくり捨てちゃってることの方が引っ掛かるんですが。いやあんた、彼女を忘れないために彫った刺青をそんなあっさりと焼いて消すなよ!
●BANANA FISH(小学館/吉田秋生)
前述の流され者ほどではないですが(あちらは初出が昭和五十年前後)、これも少々古い作品です。
が、現在の若年層を楽しませる要素は充分に備えているかと。
ニューヨークはマンハッタンに住むストリートキッズのボス、アッシュ・リンクス。
知り合いのカメラマンの取材に付き合ったことがきっかけで彼と出会う少年、奥村英二。
この二人を軸に、ストリートの抗争、コルシカマフィアの野望、恐怖の麻薬バナナフィッシュなどが絡んで展開してゆく、非常にテンポのよいアクションコミックです。
特筆すべきは、とにかく魅力的なキャラクターが多いこと。
チャイナタウンの少年達のボス、ショーター。
彼が非業の死を遂げた後、その地位を継ぐシン・スウ・リン。
ストリートの覇権を狙うオーサー。
バナナフィッシュを追う元警官、マックス・ロボ。
謀略を駆使して華僑社会を制する少年、月龍。
某国の諜報部出身の暗殺者、ブランカ。
アッシュに固執するマフィアのボス、パパ・ディノことディノ・ゴルツィネ。
誰も彼もが明確な個性を持ち、物語の魅力を高め合います。
正直、マイナーメジャー(これもよくわからん言葉ですが)に留まっているのが不思議なほどの作品。
やはりタイトルが失敗したのだろか。
バナナフィッシュって言葉だけ聞いても、連想されるものが無いですし。といって凄いインパクトがあるわけでもなし。
なんだか凄く惜しいです。
根強いファンは多くいるようですが、より広く高く評価されてしかるべき作品だと思うので。
……とは言うものの。引っ掛かる点が無いではなく。
先に挙げたキャラクターがことごとく男であるのは、単なる偶然ではないのでありまして。
いや。
要は登場人物が男ばっかってことなんですけど。
名前があって、それなりに役割も持っていた女性キャラって、二人くらいしかいなかったような。
……しかも男達の大半がほも、もしくはその疑惑濃厚ってのがなんつーかこーにんともかんとも如何ともし難い心のジレンマが止まらなくて愛の行方は北北西。
けどこれって、元々そーいう趣味の人達のために描かれた作品なんですかね。もしかして。いや、もしかしなくても。
どうも自分の方が異端っぽい。
●アグネス仮面(小学館/ヒラマツ・ミノル)
自分の印象では、プロレスというものは「真剣にバカやってるところが面白い」興業だと思っています。
その印象、そのままのプロレス漫画が、これ。
「アグネス仮面」。
タイトルからして、真剣なのかギャグなのかわからない。
何故、アグネス。
その理由は作中でちゃんと明かされるのだが、それが実に適当でバカ。
しかし、本人らは至極真面目。
全編、そんな調子なのである。
覆面なんて実力のないレスラーが被るものと一蹴した直後にそのマスクマンにされてしまい、しかしわりとすんなり順応する主人公アグネス。
「200%勝つ」「300%勝つ」と豪語して、あっさり負ける馬淵。
仮面の着脱で人生観を切り替えてしまえるアグネスの弟分、マチルダ。
ベルトさえあればあとは何でもいいらしい、最強の男マーベラス虎嶋。
どいつもこいつも、脳内物質のバランスは正常かと問い質したくなる奴ばかりです。
しかし、これこそがプロレス。
傍から見れば大馬鹿でも、本人達が心底真摯であれば、そこには必ず輝くものがある。
必ずある。
この漫画にも、確かに。
この作品、まだ完結しておりません。
ビッグコミックスピリッツ誌にて連載中。長期休載していましたが、つい先日再開しました。
相変わらずのバカっぷりで嬉しい限り。
これらの作品には、刃鳴のシナリオ執筆中、大変お世話になりました。
方向性こそ違えど、いずれも疑いなく面白い作品ですので、書店で見掛けましたら是非手にとってみられることをお勧めします。
※作者名の敬称は略させて頂きました。ご諒承ください。
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