コロンブスの卵と言いますか、何と言いますか。
考えてもわからない疑問。でも答えを聞いてみれば、なーんだと思うような。
よくある話です。
しかし、そういったことをちゃんと知っておくというのは、やはり結構大切だったりするのでは。
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あれは確か、にし〜さんだったと思う。
「刀の鍔って、何のためにあんの?」
聞かれて、おれは答えに詰まった。
鍔。
鍔の意味。
鍔の役割。
……って、何?
その時は結局、手元を守る防具だとか、重量バランスの調整用だとか、突き刺した時に手が刀身へ滑っていかないようにする滑り止めだとか、逆に刀身から血が手元まで垂れてこないようにするための衝立だとか、思いつきでそんな答えをしたと記憶している。
納得した様子ではなかった。
当然だ。
言ってる本人からして納得していないのだから。
その程度の用途しかないのなら、強いて必要なものとも思えない。
そもそも、そういった用途ならば、もっと優れた形状があるに決まっている。
幕末期、長大な竹刀による突き技を得意とする剣客大石進との対戦にあたり、かの剣聖千葉周作は、鍋蓋のような鍔を用意したという。
それは流石に取り回しも悪く、やり過ぎであろうが(千葉周作の意図は、実戦を想定していないオモチャのような武器を使う相手に、やはりオモチャのような代物で対抗してその滑稽さを知らしめることにあったそうな)、もっと実用的なものもちゃんと存在する。
西洋剣の一部に見られる、手を覆う形状の鍔がそうだ。
いわゆる護拳。
あれは明らかに、日本刀の鍔よりも防御性能が高い。
滑り止め、血止めなどの用途にも障りはないだろう。
なら、何故?
何故、日本刀の鍔は、ああした形状にならなかったのか?
何故、昔から一貫してこの形状なのか?
何故、この鍔は必要なのか?
……駄目だ。
謎。
あれこれ頭を捻ってみたが、納得できる答えは出なかった。
どう考えても、西洋式の方が優れていると思えるのだ。
誰も思いつかなかった?
そんな馬鹿な。
ヨーロッパにおいて、碗鍔・帆形鍔などと分類されるその手の鍔は、ルネサンス時代には誕生していた。江戸幕府による鎖国以前に、それらの刀剣の幾振りかは渡来していたはずである。
そこから着想を得られなかったはずはない。例え護拳鍔を独力で考案する日本人が一人たりといなかったとしても。
刀工たちは、一度は考慮した上で、護拳型の鍔を放棄したのだ。
それは間違いないと思う。
だが、何故?
大きい分だけ重くなり、使い勝手が悪くなるからだろうか。
確かに手元の重さが増せば、全体の重量的バランスが崩れ、扱いにくくなる。だがその程度の問題なら、改良次第でなんとでもなるのではなかろうか?
……ならなかったのだろうか。
あるいは、そもそもそこに合理的理由があると決めて掛かることが誤りなのか。
刀工たちは、ただ単に、古来からの伝統を守っただけなのかもしれない。
機能性の高い舶来品を嫌悪し、従来品にしがみついただけなのかもしれない。
だとしたら、日本の鍔はさしたる機能を持たないというのが結論なのだろう。
無ければ無いで、別に困らない程度の部品。
現に木刀には鍔などないが(プラスチックや革製のものをつけることもある)、別に不自由なく使える。
そういうことなのだろうか。
……いや。
やはり、どこか、納得し難い。
わからないことは、わかる人に聞くもの。
おれはその疑問を、先生にぶつけてみた。
先生は、お前ばかだなあとでも言いたげに、笑った。
「お前ばかだなあ」
実際に、言われた。
それから教えてくれた。
「鍔がなかったら、お前、どうやって刀抜くんだ?」
……あー。
そりゃ、そうですね。先生。
言われてみれば、当たり前の話だった。
鍔がなければ刀は抜けない。日本式の、あの鍔がなければ、日本式の抜刀はできない。
ただ単に抜くだけなら別である。鍔は無くてもいい。
腰に差した刀の柄を、右手でひっつかんで、大根抜きに引っこ抜けば済む話なのだから。
それで、抜ける。抜けることは抜ける。
だが、テレビをつけてチャンネルを時代劇に合わせてみればすぐわかる通り、そんな抜き方は誰もしない。
鯉口が馬鹿になってしまうからだ。
鯉口、つまり刀の鞘の口は、礼をしたときなどに刀が滑り落ちていかないよう、ややきつめに締まっているもの。
それを乱暴に引っこ抜いてばかりいれば、たちまち緩くなってしまう。
だから刀を抜く時は、まず左手で鯉口回りをつかみ、その親指を使って鍔を押し出し、きつい締まりを静かに外してやるようにする。
それから右手で柄を握って、抜く。
そのようにしてこそ、神速の居合抜刀といった芸当も可能になるのだ。
大根抜きでは無理な話である。
西洋式の護拳型鍔だと、この「親指での押し出し」が少しやり辛い。
また居合をする際、素早く柄をつかむのにも邪魔となる。
居合、抜き打ちという技法を重んずる(古流儀で、居合の技を全く持たないというところは、おそらく皆無ではないかと思う)日本剣術には、日本式の鍔が形状として最適。
そういうことなのではないか。
他にも理由はあるのかもしれない。が、とりあえず、
――日本刀の鍔は、刀を抜くためにこそ必要である。
と。
よくわかりました。
でも。
「お前は本当にばかなんだなあ」
そんなこと何度も繰り返して念を押さないで下さい、先生。
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