登場人物
桜井光(Liar-soft)美少女PCゲームメーカー・ライアーソフト所属のシナリオライター/ディレクター。小説+CD「灰燼のカルシェール」著者。 |
海法紀光フリーシナリオライター/小説家/翻訳家。現在ニトロプラスとともに芳文社「まんがタイムきららフォワード」にて連載中の漫画「がっこうぐらし!」の原作を手掛ける。 |
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森瀬繚(CHRONOCRAFT)フリーライター/編集/プランナー。本対談の企画者にして聞き手。桜井光、鋼屋ジン(敬称略)のインタビューを度々手がけてきた。ライトノベル「うちのメイドは不定形」第2巻(共著、スマッシュ文庫)が5月発売予定! |
ニトロくんニトロプラス所属のプロデューサー。NitroplusBooks編集長。 |
はじめに
まずはですね、「灰燼のカルシェール」、先行販売の実施延期申し訳ございません。(土下座しながら) | |
いえいえいえ……!(深々と頭を下げながら) | |
おかげさまで無事発売日も告知できましたので、この対談が公開された数日後には、先行でお求めいただいた方のお手元にお届けできているだろうと思いますので。 | |
ので! | |
是非、お買い求めください。ということで、お詫びの意味もこめてですね、ありがたいことに「がっこうぐらし!」の評判もよろしいようなので、内容的な共通点がありそう……な気がする、「灰燼のカルシェール」の桜井光(さくらい・ひかる)さんと、「がっこうぐらし!」原作の海法紀光(かいほう・のりみつ)さんの対談を、贈らせていただければと思います。司会進行は……。 | |
毎度お馴染み流しの文章書き、森瀬繚(もりせ・りょう)が務めさせていただきます。 | |
内容的な共通点……本当にあるのかな? (にやり) | |
終わる世界2013'ですよ! マヤの予言も「黄雷のガクトゥーン」が打ち砕いてしまったことですし。 | |
でもあれ、計算間違いで延期したって話じゃありませんでしたっけ? | |
ま、まあ、よくある延命策ですよね。 | |
ノストラダムスの大予言の時にも、本当は1999年から7年後の2006年が正しいんだという話がすぐに噴出してきましたね。 | |
そうなんですか!? そういえば、1999年は世紀末じゃないから本当は2000年だというのもあったような……。 | |
本当にその辺が微妙にアレしますよね。いつもいつも。マヤ暦が切り替わるというのは、別に終わるという話ではないのに。 | |
第五世界が第六世界になるというだけのお話ですよね。人はそれだけ、終末というものに恋い焦がれるという、あれですよキリッ。(口で言う) | |
そして、ゴブリナイゼーションとチェンジリングエフェクト(取り替え子現象)が発生し、最後にドラゴンが出てくる。 | |
「シャドウラン」、大好きです! わたしは昔から、ゴブリナイゼーションが起きたらエルフになるって確信してるから大丈夫なんですけれど。 | |
ゴブリナイゼーションはオークやトロールになる現象……。 | |
だめだめだめ、エルフエルフエルフ。エルフ以外なりたくない。 | |
というか、エルフはチェンジリングで生まれるんだから、ゴブリナイゼーションだとなれないでしょう。 | |
そうなんですけど……ゴブリナイゼーションのちょっと後になるんですー! | |
「シャドウラン」話で盛り上がっているところに大変恐縮ですが、本題に入らせていただければと思います。おふたりはぷらいべーとでもごゆうじんとおききしましたが……。(「ジャイアニズム」Vol.4を広げて棒読みする) | |
棒だ! | |
棒読み! | |
このくだりの何が面白かったのかと言いますと、エンターブレイン様から刊行中の「ジャイアニズム」Vol.4掲載の桜井光・鋼屋ジン対談をご参照いただければと。 | |
(無視する)そういえば、最初は何でお会いしたんでしたっけ? | |
鋼屋さんの時と同じで、「知り合いのライターさん」の紹介になるんですけど。 | |
森瀬さん(司会進行)や鋼屋さんたちと一緒にご飯を食べたような。 | |
何回もありますもんね。ニトロプラスさんが浅草橋にあった時は、わたしが出勤するときの通り道でもありましたんで、割とよくお会いしました。 | |
頻繁に変なものを食べて回ってた頃にはもういらっしゃいましたから……5年くらい前の、熊鍋の時ですかね。 | |
虫食べに行った時は? | |
虫は……遠慮させていただきました……! | |
衝撃的なワードが並んでますけど、これ本当に文字に起こすんですか(笑)? | |
雑誌に載せるとかじゃないから(笑)。 | |
ひどいんですよ。みんな、現地から普通にわたしに料理中の写真とか送ってくるんですよ。精神的に大ダメージですよ。「今からこれ食べます」うわーーーーー!って。 | |
写真も送ってましたっけ。 | |
どんどん送ってきましたよ! つらかった……。 | |
しかしですね、人類の終末(カタストロフ)ものには、虫料理は外せない要素でして。我々が愛してやまぬ「Fallout3」に、ラッドローチとか出てくるじゃないですか。 | |
まあ、そういうのは確かにありますね。食べられるものは何でも食べなきゃいけないっていうのがありますし。ああ、ラッドローチ……。ローチを日本語で言ってしまうと、ふふふふふんーというのがありますよね。 | |
いや、何語で言っても。あ、日本語で言うと花子さん(笑)。 | |
花子さん! お、お店用語でそうですね。 | |
ああいう、「北斗の拳」とか「マッドマックス」的な世界が終末ものと言われますが、ぶっちゃけあいつら終わってませんよね。 | |
ま、まあ、ええ。一部の人は楽しくやってますね。食糧としての虫の話をしますと、生産が確立されていない状態だと、虫っていうのは勝手に自生しているものですから、いい獲物になるかもですよね。 | |
でも、まともな蛋白源になるかというと、かなり辛いと思うんですけどね。 | |
個体が小さいので、鳥獣の肉ほどの効率性がないんですよね。だから、巨大化してもらわないことには。 | |
やめてください(汗)。でも、常時という話になると別でしょうけれど、いわゆるハンティング生活になっちゃってますと貴重な栄養源に……やだー、虫食べたくなーい。 | |
(部屋の隅から「カーカカカカカ!」という「鉄鍋の醤」の如き笑いが響く) | |
終末世界の話をしましょう。廃墟の風景というものには色々な憧れがありまして、そのひとつが、「俺は難しいことはわからないけれど、腕っ節には自信があるぜ。ここはひとつ、世紀末覇者を目指してやるぜヒャッハー!」というのがあるんじゃないですかね。 | |
ありますね、たしかに。腕っ節ひとつで何とかなるんじゃないかという、アメリカンドリーム的な……そういう部分の明るさというのがあるかも知れません。 | |
「それでも町は廻っている」の石黒正数さんの短篇に、天変地異が起きたので、こんな日がやって来た日のためにと用意してあったプロテクターやなんかを着用して、モヒカン頭にして外に出てみたら、街の人々が普通に炊き出しとかやっている。それを見た主人公が、「俺ってやつは!」と自己嫌悪するという話があるんですよ。(一同爆笑) | |
そのまま炊き出しすればいいんだよ、モヒカンで。受け入れてくれるから。 | |
そういうほのぼのさって、実に日本らしいって感じがします。 |
終末の季節としての「秋」
桜井さんは、幼い頃から聞かされていた戦争末期の広島の風景が、終末世界への思い入れの根っこの部分にあるというお話ですが、海法さんの方はいかがでしょう。 | |
そうですね。自分の中の廃墟の原風景は何かというと……ちょっと違うのかも知れませんけど、「ドラえもん」に「ゆめの町、ノビタランド」という、ポラロイドインスタントミニチュアせいぞうカメラで作ったミニチュアの街に、ガリバートンネルで小さくなったのび太と友人たちが出かけていって、好き勝手するというエピソードがある。この話で、名前のよくわからないのび太の友達の一人が、「一度道路の真ん中に寝てみたかったんだ!」って言って、のび太たち以外誰もいない街で寝っ転がってみせるシーンがあるんですね。あれかなあ。 | |
お店に入っても誰もいなくて、おもちゃだろうがお菓子だろうが取り放題。最初の内はのび太君もとってもはしゃぐんだけど、だんだん寂しくなってくるという……。 | |
それは「どくさいスイッチ」ですね。廃墟という面ではあのエピソードの方が確かに近いかも知れません。それとは違うんです。あの、道路の真ん中で大の字になって寝てみたいという感情が、例えば学校でつまんない授業を受けながら、ふと外を見て、あーゴジラでも来てくれないかなーという、憧れに近い。 | |
日常暮らしている場所で、非日常があるという。 | |
そうです。何処とも知れないどこかの街の廃墟ではなくて、よく知っている場所の例外状態──単に無人なのでもいいし、廃墟になっていてもいい──を体験してみたいという願望です。すごく見慣れた街がちょっとしたことで変わってしまったらとか、面倒くさいことはいいから街中で一人で暮らしてみたいという。缶詰とか食べていれば何とかなるだろうなという、軽い気分なんですけど(笑)。 | |
桜井さんの「灰燼のカルシェール」に、まさに旅の途中で立ち寄ったお店から、食料を確保するというシーンがありますね。 | |
「がっこうぐらし!」、わたしも大好きでずっと読ませていただいてるのですけど、食の確保と加工というのは学校生活を送る上での重要なテーマですよね。ああいう、終わってしまった風な世界で、キャラクターが生きていますよ、他の死んでしまった人たちとは違いますよということを強調できるのは、どのように暮らしているのかがいかに描けているかだと思うんです。不安といいますか、悲劇的な真実を示す伏線はありつつ、基本、放課後っぽい日常をこういう風に暮らしているというのがある。 | |
「がっこうぐらし!」は、非常事態発生から作中でどの程度の時間が経っているのでしょうか? | |
そのあたりは読んだ方に想像していただけたらなぁという感じですが、自分のイメージだと作中の季節は「秋」です。自分の中の「終末」と深く結びついた季節なので。 | |
それは、何故でしょう? | |
冬というのは、全てが終わりに向かっていく時間なんですね。 | |
眠りにつく時間、ですね。 | |
滅びというのは、「死の前の段階」であるという意味合いでの「秋」? | |
そうなります。 | |
なるほど。一日の夕暮れ時は「たそがれ時」って言いますけれど、それを一年という長さで捉えると、秋になりますね。 | |
J・R・R・トールキンで、エルフの都のひとつがあるロスロリエンの森が出てくるじゃないですか。全ての木が一年中黄金の葉をつけているという。あれは要するに、紅葉しているということなんだと自分は思っているんです。トールキンの考えをきちんと調べたわけじゃないんだけど、読者として自分がどう感じたかと言えば、あれはエルフという種族が落葉の時期を迎えていて、滅びの道に入っているんだという印象が強いんです。そういうこともあって、「滅び」というと自分的には「秋」です。 | |
秋の種族、エルフ……綺麗なイメージですね。 | |
自分がノベライズをやったりした『塵骸魔京』(2004年にニトロプラスより発売)は、実は「指輪物語」を重要なイメージソースにしていて、ロスロリエンにあたるのが主人公の住むメゾン・フォレドーなんですけど、あそこの通りが銀杏並木なのはそういう理由があるんですよ。 | |
気づきませんでした……! | |
それで、「がっこうぐらし!」の作中時期は秋をイメージしているんですけど、逆に言ってしまうとずっと秋のままかも……。原作者側のイメージに物語が引きずられて(笑)。 | |
あ、それ、わかります。わたしのやっているスチームパンク・シリーズは、蒸気機関文明による汚染が進んだ結果、季節というものが世界からほぼ失われてしまっているんですね。新作の「黄雷のガクトゥーン」は、輝かしい学園生活というものを描く必要から、意識的に季節というものを復活させているんですけれど、他の作品については季節感がない。厚い煤煙で空が覆われてしまっているので、基本的には一年中やや寒い感じなんです。「漆黒のシャルノス」では、登場人物たちは最初から最後までずっと秋服を着ているわけですけど、言ってみると「ずっと秋」の状態なんです。春の暖かさではなく、秋の寒さ。 | |
今のお話を聞いて思ったんですけど、桜井さんのスチパン・シリーズに漂っている雰囲気って、実は結構新しいんじゃないでしょうか。最近のスチームパンクSFの作品には、これから新しいものがどんどん生まれてくるという、言わば春っぽいイメージがつきもののような気がします。 | |
昔でも、ジュール・ヴェルヌ先生の作品あたりが、まさにそういう感じがしますね。ただ、歴史的なお話をしますと、ウィリアム・ギブスン先生とブルース・スターリング先生の「ディファレンス・エンジン」がスチームパンクSFの草分けだと言われているじゃないですか。あの作品では、空が真っ黒なんですね。実際に産業革命時代のロンドンの空は煤煙で暗くなっていたそうなんですけど、「ディファレンス・エンジン」では産業が現実よりも更に発達しているので、よりいっそう黒くなってしまっている。わたしの作品では、そのあたりからイメージをいただいていて、地球規模で暗くなっていることにしてるんです。 | |
なるほど、いいですねえ。でも、あの辺の黒さというのは高度成長期の象徴みたいなもので、例えば海が廃液で汚染されて真っ黒で、光化学スモッグが発生してまともに外も歩けないんだけど、でも、それを上回る勢いで我々は発展しているのだ、という活気のようなものを自分の場合は感じますね。 | |
たしかに、スチームパンク世界というのも、公害などの存在を考慮しても発展途上であって、死んだ世界ではないかも知れません。 | |
桜井さんのスチームパンク・シリーズでは、世界が発展するベクトルと、滅びに向かっていくベクトルが、普段は拮抗しているのかも知れませんね。 | |
そうかも知れませんね。登場キャラクターたちが若いのは可能性や希望の象徴であって、一方でマイナスのベクトルを持ったゲストキャラクターが登場したりするわけですが、「灰燼のカルシェール」では、もう全面的にマイナスに振り切った感じです。 | |
これからどんどん酷くなっていく世界なんですね。 | |
どんどん酷くなっていきます。 |
終末を乗り越えるための人間関係
「がっこうぐらし!」の帯文が「全校生徒3人」じゃないですか。「灰燼のカルシェール」では「全人類2人」。これ、キャッチフレーズにもしています(笑)。 | |
今後のスチームパンク・シリーズ展開とかどうするんですか(笑)。 | |
これは、こないだ発売されました「ジャイアニズムDX」の対談の方で発表済みなんですけど……スチームパンク・シリーズの作品って基本一本道なのですが、選択肢とかゲームパートでサドンデスが結構あるんですね。各作品でサドンデスを積み重ねて行った果ての世界が、「灰燼のカルシェール」だという。 | |
ああ、なるほど! | |
プレイヤーさんたちが、各作品で失敗し続けると、こんなことになってしまうという、最果ての終わりの世界ですね。 | |
ギー先生が手を伸ばすのを諦めて……。 | |
そうそう。メアリが走るのをやめて、エリシアさんが旅の途中で引き返して、テスラさんがニューヨークで敗北したまま立ち上がらず、オーストリアは独立に失敗したような……バッドルートをつきつめていった世界が、これです。 | |
それは、美少女ゲームの派生作品としては新しい。本編の複数ルートの問題を都合よく全部片付けたハーレムエンドの先にあるファンディスク、というのはよく見かけますけど(笑)。 | |
バッドエンド・タイラントとでも言うべき、全バッドエンドの集合体です。 | |
解説しますと、暴君怪獣 タイラントというのは「ウルトラマンタロウ」に登場した歴代シリーズの強敵の各身体要素を合体させたちゃんぽん怪獣なのです。 | |
そういう意味では、「がっこうぐらし!」にも、もっと幸せなルートがあったのでは? | |
「がっこうぐらし!」の登場人物たちは幸せそうですよ? みんな。(真顔) | |
う、うん。そうです、ね。優しくて綺麗な先生もいますしね……。 | |
連載開始から大分経っていますし、単行本発売からもちょっと経っているのである程度のネタバレは大丈夫だという判断で言ってしまいますと、「がっこうぐらし!」の場合は、主要登場人物の一人の現実認識が何というか、曖昧な感じになっていますので、結果として残りの人たちも終末的状況にも関わらず明るくなっているというところがありますよね。 | |
すっごく大変だとは思いますけどね。寝る時とか本当、心労で辛いんじゃないでしょうか……。 | |
ただ、そこは話が逆なところもありまして、彼女がああでなければ、残り二人はとっくの昔に……というのもあると思うんです。とてもじゃないけれど、保たない。 | |
そうそう、支えになっているんですよね。足手まといじゃなくて。 | |
最近、世の中がなんだか世知辛いじゃないですか。役に立たないやつはいらん、みたいな。あとポスト・アポカリプス世界が舞台のサバイバルTRPGをやりましょうという時に、こういう技能も能力値もないキャラクターを投入したら、他のプレイヤーから袋叩きにされそうじゃないですか(笑)。 | |
あなた何考えてるの! みたいな(笑)。でも、殺伐度は確実に下がりますね。 | |
こういうキャラがいるからこそ、保たれるという部分もあると思うんです。すごく下らないものとか、どうでもいいものとか、そういうものが実は世の中を引っ張っている部分というのがあるんじゃないかと。 | |
阪神大震災の後、避難マニュアル本のブームがありましたよね。そういうのを何冊か読んでみたことがあるんですけど、地震の避難の際に持って行くと良いというものの中に、トランプが入っているんですよ。 | |
楽しみを忘れてはいけないという? | |
必ずしも使わなくてもいいという話なんです。無駄なものを用意しておく。そういう余裕が、心の支えになるんだと書いてありました。トランプでなくても、日記なんかでもいいんですね。電源が手に入るなら、今なら携帯ゲーム機などが該当するんでしょうね。 | |
『Aの魔法陣』(エンターブレインから関連製品が発売されているTRPGシステム)が素晴らしいなと常々感じているのだけど、あれは単語カードもしくはその代わりになるものと筆記用具さえあれば、文明が崩壊していてもとりあえずTRPGで遊べるんです。 | |
最悪、単語カードがなくても記憶でできますしね。 | |
地面に字を書いてもいいし。どんな極限状態であっても、しかし自分にはまだTRPGが出来るのだ! そういう意味では、非常に優れたシステムです。 | |
誰かがいれば、遊ぶことができる。そういえば、岩明均さんの「寄生獣」で、ミギーがこう言いましたよね。「心に余裕(ヒマ)がある生物」 | |
「なんと素晴らしいことか!」(声を合わせて) | |
「なんと素晴らしいことか!」(声を合わせて) | |
いやいや、「なんと素晴らしい」だったよね。何か別のと混ざってませんか。 | |
「ゲッターロボ號」かも。「これから何が起きるんだ」「すばらしいことだよ」のやりとり。 | |
そういえば、「ゲッターロボサーガ」も、「號」の後の時代はポスト・アポカリプスな終末世界だったな。無駄なことは、本当大事です。我々みたいに、明らかに一日中、頭のおかしいくだらないことを考えていても、世間様になんとか生かしていただいていられるのも、余裕のなせることですよ。ある日突然、君のやっていることは無駄だから畑を耕せとか言われたら死んでしまいますもん。 | |
「がっこうぐらし!」の「彼女」はトランプのようなものだというお話が出ましたところで、「灰燼のカルシェール」の方はどうでしょうね。 | |
「カルシェール」だと、お互いがそんな感じでしょうね。何しろもう、二人しかいませんので。結果的にそうならざるをえないという次元で、共依存に近い関係になっている。それも、様々なペルソナを使い分けて。ジュネの場合は、キリエの前ではお母さんであって、お姉さんでもあって、恋人でもある。ただ、そういうジュネに比べるとキリエの方はある事情からちょっと愚直なので、2人しかいないのにそこに歪みのようなものが生じている。「がっこうぐらし!」の3人のような、バランスのとれた関係性は築けていないんです。そういうところも、この作品の見所だと思ってます。 | |
人が3人いるとそこにはプリミティブな「社会」が成立しますけど、2人だと成立しない。そういうキャラクターの数の違いは、この2つの作品の本質的な相違点ではありますね。 | |
2人しかいないと、依存しあうにしても同じ程度でないと片方に負荷が集中して、いつかは倒れてしまうという危うさがあります。 | |
どうかなあ。「ジャイアニズムDX」に載っていたお試し版を読ませていただいた限りでは、この2人の関係はそれはそれでうまくいっているように見えますよ。男の方は、何かすることはできるんだけど、何をしたいというのがない。ジュネの方は、何かをしたいというのがあるんだけど、それを実現することができない。「何かしたい」というのを肯定してくれる人ぎないと、人間、壊れてしまうんです。 | |
なるほど。そういう意味では、共存はうまくいって……る……? | |
何かをしてくれる人と、自分を導いてくれる人が二人いるころで、すごく密接で、密接すぎて腐り始めている感じの、実にいい関係性が(笑)。 | |
あ、「腐った」という表現はいいですね! | |
そういういびつな、歪んだ関係性が発展していって、最後にジュネが殺されて終わるんだろうなーという期待感があるわけですが。 | |
どうかなー? 果たしてそれはどうかなー? とりあえず、刊行をお待ちいただければと。 |
ゾンビ物についてあれこれ
さて、片や「がっこうぐらし!」、片や「灰燼のカルシェール」という、ポスト・アポカリプステーマの作品でありつつ、同時にゾンビ物の要素も孕んでいる作品を手がけられておりますお二人に、改めてゾンビ物の魅力について語っていただきたいと思います。 | |
ロメロとか好きだからー! いいよね、松本先生。 | |
たぶん、木村先生って言いたいんだと解釈しておきます。「あずまんが大王」の。 | |
そうだった! | |
木偏しか合ってない(笑)。 | |
最近、Google先生が手放せなくて! | |
ゾンビものの多くはジョージ・A・ロメロ先生の影響下にあるわけですけれど、パニックホラーとか、モンスターホラーとしてのゾンビではなくて、マシスン先生の「地球最後の男」、映画だと「オメガマン」とか……。 | |
何でわざわざチャールトン・ヘストン主演の方に限定するんですか(笑)。「アイ・アム・レジェンド」の方もあれはあれでいいじゃない。 | |
「オメガマン」好きなんですよー。「アイ・アム・レジェンド」も、前半の犬と一緒に廃墟を行くシーンは好きなんですけど。とにかく、あの作品でも描かれていましたけど、やっぱり人間のドラマなんですよね。モンスターとしてのゾンビが強い、怖いという話に終始しない。なおかつ「オメガマン」では、本当に主人公が地球最後の男になってしまっていて、吸血鬼を退治して回っていた主人公の方が、実は昼動けない時に新人類を殺して回っている伝説の怪物になってしまっていたという、価値観の転倒がある。世界最後に残った旧時代の怪物になっているわけですけど、世界の終末で、主従関係が逆転してしまっている。生きている主人公たちこそが世界にとっては異物になっているのが、ロメロ作品で描かれている絶望的な終末ですよね。 | |
自分の葬式を見てみたいというのと同じで、人類の終わるところを見てみたいという願望があるんですよ。最後の人間が死に絶える瞬間というのを、見られるものだったら見てみたいという。 | |
ど、どうかなあ。だけど、見てみたいか見てみたくないかで言えば、見てみたい、かも。 | |
ここに人類滅亡の瞬間を収めた動画ファイルがある、と言われたら。 | |
やっぱり、見ちゃいますね。見てからすごく後悔すると思いますけれど。 | |
自分が、ゾンビ物のルーツだと考えている作品に、アーサー・C・クラークの「幼年期の終り」というSFがあるんです。 | |
そういえば、あれこそは世界が終わっていく作品ですね。我々の作り出してきた人類文明が、実は幼年期の産物だったという。 | |
次世代の子供たちがSF用語で言うところのオーバーマインドするわけなんですけれど、彼らがそうなってしまう前、しばらくの間、世界中をうろうろしている。そして、殆ど裸同然のぼろぼろになった服をひっかけた姿で、複雑な踊りを踊っているんですね。あのシーンは、物凄くゾンビ物的だと感じているんです。旧人類、つまり我々とは意思疎通のできない新しい世代が、廃墟と化した風景の中に現れているという。そして、その風景を、ある事情から生き残った旧人類側の人間が目撃し続けているんです。結構、物語の核心に近いところをネタバレしてしまっておいてあれですが、大変素晴らしい作品なので、この対談を読んで興味を持たれた方は是非とも読んでみていただけると嬉しいです。 | |
是非是非。 | |
とにかく、いずれ終わりがあるものならば、それを見てみたいという欲望が、ゾンビものの根っこにはあるのじゃないかと感じています。社会が根本的に、致命的に変化してしまうという、そういう大きなイベントなんですよ。ロメロ的なゾンビというものが、最近のアクション・ホラー的なゾンビと違う点があるとすれば、そこでしょう。逆に言うと、社会的変化が描かれているのであれば、アクション・ホラーであっても自分はそこにロメロっぽさを感じます。「28日後...」のシリーズがまさにそうで、アクション・ホラー的な展開が続きつつ、社会が徐々に壊れていく過程が描かれています。 | |
シリーズが進む毎に、どんどん破滅的な感じになってきていますよね。 | |
今のところ「28週後...」までありますけど、シリーズが大分進んで「28年後...」になったら、なんかもう人気のない荒野を映すだけになってしまうのかも。 | |
廃墟ムービーじゃないですか、ただの(笑)。海法さんのおっしゃる、世界の終わりを見てみたいという願望といえば、「カルシェール」の本編では、世界がいかにして終わったのかというその終わりの瞬間を意識的に、断片的に描いているんです。海法さんのお話を踏まえて振り返ってみると、そのシーンを書いている時に昂揚感があったのは確かです。 | |
やっぱり、見たいんですよ。ところで、滅びの直接的な要因というのは、ゾンビ物では結構難しいところですよね。ゾンビ物と、SF物やオカルト物との境界線。もし、ゾンビ発生の要因がウィルスや寄生虫とかなのだとすると、もしうまく対処できなかったとしても、放っておけば自然にいなくなりますよね。 | |
そうなんですよ。これは、永遠の課題ですよね。ゾンビがいます。人間を襲ってきます。噛み付きます。ぎゃー!って死にます。つまり、死ぬくらいの損傷を得ます。その人、よく起き上がって動き回れますよね。 | |
ゾンビ物だと、ちょっとしたかすり傷を受けただけでも感染するのが多いので……だけどまあ、大量のゾンビに群がられて全身ムシャムシャとやられますよね、映画では(笑)。仮にゾンビの「食べる」という要素がエネルギー摂取なのだとすると、生きている人間がいなくなったエリアからゾンビがばたばたと動けなくなっていくので、結局どこかでいなくなってしまうんです。 | |
その辺を誠実に考えていこうとすると、オカルトにならざるを得ないところがあります。 | |
一応現実世界の延長上という見かけになっている「がっこうぐらし!」とスチームパンク・シリーズでは大きく前提が異なっているので、羨ましいなと感じています。 | |
オカルトもSFもやりたい放題です。他のジャンル、形式の物語にくっつけやすくて、他の色々なエッセンスを付け加え易いのが、スチームパンクの面白いところでもあります。 | |
オカルト的に悪魔や邪神の仕業にするとか、原点に戻ってヴードゥー教と結びつけるとかすると、それはそれで面白いんだけど、リアルっぽさからは遠ざかる。多くの作品は、そのへん深くつっこまず「そういうものだから」って感じで押し通してますね。 | |
とりあえず、ロメロの「ゾンビ(ドーン・オブ・ザ・デッド)」では、「地獄があふれた時、地上を死者が歩き出す」という登場人物のセリフを通して、何らかの超常的なことが起きているのだと匂わせました。 | |
日本でTV放送された時、放送局判断で別のSF映画の映像を冒頭にくっつけて、「惑星イオスの爆発」が原因だってことにされてしまったのは有名ですね。 | |
「がっこうぐらし!」では、どうなんですか? | |
そこは、追々語られていく部分ですので(笑)。でも、苦心しているのは確かです。 | |
「ゾンビサバイバルガイド」(未訳)という、今度映画化される「ワールド・ウォーZ」の作者さんが最初に出した本があるんですけど、ゾンビ・ハザードの原因になっているウィルスについての描写が、生物学の世界でいうウィルスでも何でもなくて……(笑)。 | |
実際にゾンビが蔓延する世界を生き残るためのガイドブックという体裁の本の走りですよね。あれは面白かった。 | |
日本では伝統的にゾンビの蔓延した例が少なくて、それは「影の一党」と呼ばれる闇の集団が防衛しているからだという、「ニンジャスレイヤー」みたいな話がしれっと出てくるんです。(一同笑) | |
ゾンビ物のセオリーというほどに定着してきたかどうかはわかりませんが、時々、明らかにそこだけゾンビ拡散を抑え込んでいるみたいな場所がありますよね。例えば、「HIGH SCOOL OF THE DEAD」ではニュース番組中でロンドンだけは秩序を保たれているという話が出てくるんです。どうもこれはヘルシング機関(王立国教教会騎士団)の働きだろう……というのがもっぱらの噂で(笑)。 | |
平野コータさんいるからね! そういえば、スピルバーグの映画「宇宙戦争」でも、日本人だけは宇宙人の三脚戦車を倒したらしいって出てくる。(しばらく、ゾンビに対して強い国はどこかという話で盛り上がる一同) | |
ところで、そろそろご紹介しておきましょう。実は最初から同席していて、冒頭の方で秋山醤のような怪しい笑いをあげたり、前触れなく会話に混ざっていたりした、『斬魔大聖デモンベイン』『ギルティクラウン ロストクリスマス』の鋼屋ジンさんです。 | |
鋼屋です。実はいました。 |
登場人物
鋼屋ジンニトロプラス所属のシナリオライター。代表作に『デモンベイン』シリーズ、『ギルティクラウン ロストクリスマス』など。 |
お互いの作品感想
桜井さんは「がっこうぐらし!」の連載を読まれていて、海法さんは「灰燼のカルシェール」のお試し版を読まれています。お二人の、それぞれの感想を聞かせていただけますでしょうか。 | |
あのねえ、かわいくって、辛い。それに尽きます。すっごく可愛いんだけど、すっごく可愛いがゆえに、辛い。そういう意味では、先はすごく気になりますね。みんな、救われるといいのにって。それと、先生のことが気になって気になって……。先ほど、トランプ……皆の心の余裕のような部分の象徴になっているのが「彼女」だという話が出てきましたけど、精神的な支柱になっているのは「先生がいる」という事実だと思うんですね。 | |
先生はこの先も活躍してくれますので、そこは期待していいですよ(笑)。部活物の定番である、人間的にボンクラなんだけど、生徒目線に立ってくれる先生っていいよねという、そういうことを意識したキャラクターです。今度、アニメ化される「ゆゆ式」という四コマ漫画があって、あの雰囲気が凄く好きなんです。ゆるふわ日常系の先生っていいですよね。会ったことはないんですけれど、俺たちの心の中にはいるんです(笑)。 | |
リアルに生徒に近い先生というのは、ちょっと生々しくなってくるんですよね。年齢が近くて、若くて、一緒に御飯食べようかみたいな話をするところまではいいんですけど、ある一線を越えたところで、先生が優しくて理解のあるだけの存在ではなくなってくる。生徒たちとしては、先生は絶対のものだと思っていて、頼っているんですけど、先生は先生で何かしら辛いことがあって、そういう負の部分が見えてくると「うわあ、大人って大変そう」ってなっちゃう。 | |
だけど、こういう先生は現実に存在しないかというと、自分はそうじゃないと思うんですよ。これは自分のポリシーとしてあるんだけど、漫画の中にしかいそうにない、かっこいい人って、現実にもいますよ。ただ、すぐ死んじゃう(笑) 現実世界は非常にヒーローに厳しいですよね。逆に、ヒーローがヒーローらしく活躍し続けられたとしたら、本人だけじゃなくて、不特定多数の誰かが必死に裏から支えた結果なんです。「がっこうぐらし!」のめぐねえがすごくいい先生に見えたのだとしたら、その裏側で、彼女がいい先生に見え続けるような誰かの凄い努力があるんだと、そう思っています。いつも笑顔な横丁の八百屋のおじさんがいるとしたら、彼の笑顔の背後には物凄いドラマがあるはずなんですよ。そういうことです。 | |
そのあたりまで論理的に掘り下げていかないと、ゆるふわの先生というキャラクターを登場させられないというのが、いかにも海法さんらしいと感じます。 | |
いや、誰しも何かしら掘り下げはしているんじゃないでしょうか。 | |
そ、そうかなあ。(疑り深そうに) | |
桜井さんは掘り下げやるでしょ? | |
え、ええ、まあ、そう……かな……? | |
とりあえず、桜井さんのお気に入りは先生ということで。 | |
そうですね。先生と、由紀ちゃんですね。この二人はもう、切っても切り離せないということで。先生の優しさを見るにつけ、その優しさが何に裏打ちされているのかと考えていくと、凄く味わい深いんですよ。海法さんは元々、構造を解析・分析する眼をお持ちの方でいらっしゃるので、一コマ一コマ計算されている感じがするんですよ。 | |
実際に一コマ一コマ計算されているのは、千葉サドルさんです。 | |
感じますね。うまい人だなあって。海法さんのシナリオをうまく解釈されて、ページの上にそれが反映されているのを感じます。見せ方であるとか、伏線であるとか、基本的に仕掛けが全く存在しないページは存在しないように感じられます。 | |
本当に、そう思います。あ、この方は素晴らしいなと感じたのは第1話で、割れた窓を閉めるシーンがあるんですけど、これはシナリオでは指定していなかったんですよ。これが描かれたおかげで、画竜点睛が入りました。 | |
全ページにわたって、よく考えて演出されていますね。高い漫画力を感じます。 | |
海法さんは、「カルシェール」を読んで如何でしたか。 | |
好きなキャラクターを聞かれてしまうと辛いですね。選択の余地があまりない(笑)。 | |
キリエとジュネしかいませんから(笑)。 | |
ディアーネさん好きですよ? 昔から、主人もしくは本来の目的が既になくなってしまっているんだけど、それが理解できなくてずっと同じことを続けているというキャラクターに弱いんですよ。ハチ公系って分類してるんですけど。 | |
「Fallout3」でも、そういうロボットがいましたよね。自分が独立戦争の登場人物だと思い込んでいて、プレイヤーの解決方法次第では物凄く泣けるやり取りの後に機能停止してしまう。 | |
いたいた。 | |
いたいた。 | |
いたいた。 | |
わたしも機能停止コースだったので、凄く泣けました……。 | |
ここ数年、この辺の人間の間では、「Fallout3」を自分の作品中で如何に昇華させるかというのが、ひとつの大きなテーマだった気がしますね。 | |
それはある、あります。 | |
人間が去った世界に取り残されて、ずっと動き続けている自動機械みたいなものに、キャラクターとシチュエーションの両方で萌えを感じるんですよ。「カルシェール」では、それを機械死者(サイバーゾンビ)として描いているんですね。やられたなあと思いました。他には、さっき言いましたけれどキリエとジュネの二人の関係性が面白いなと思いつつ、稀代のストーリーテラーとしての桜井さんが、この破滅的な冒頭から始まる物語をいかに終わらせるのか。それが本当に楽しみです。ゾンビ物というのは、終わりそうで終わらないという感じのパターンが多い。ある意味で、出オチっぽいところがありますよね。だけど、この「カルシェール」の場合はそういう風に終わりそうに思えない。頑張って旅を続けていけば、生き残りの人間たちのコミュニティがあるようにも見えませんし。何もかも終わらせる物語の中で、どのようにこの本の物語は終わるのか。新しいゾンビ物の形を桜井光が見せてくれるのではないかという、そういう期待があります。 | |
ありがとうございます。色々と趣向を凝らしていますので、お楽しみいただけるとは思います。スチームパンク同様、他の要素との組み合わせで色々な可能性が生まれるジャンルですので、やり甲斐もありました。海法さんも、「がっこうぐらし!」で終末物、ゾンビ物の新しい境地を開拓されていますけれど、2013年にはわたしたちとブラッド・ピットがまずは先鞭をつけさせていただいたということで(笑)、今後も色々な作品が生まれていくといいですね。 | |
そうそう、2013年の我々には「ワールド・ウォーZ」という頼もしい味方が! またみんなで観に行きましょう。 | |
是非是非。 | |
是非是非。 | |
はーい、予定を組みます。だいたいこんな感じでしょうか。最後に、鋼屋さんから何かお願いします。 | |
そうですね。自分にとって、ポスト・アポカリプスというテーマは仕事というよりも趣味の範囲なんですね。基本的に、作品として書きたいものと、こねくり回して遊んでいるのだけれど作品にしたいわけではないというものがあって、ポスト・アポカリプスというのはどちらかといえば後者なんです。例外的に最近、山口貴由先生の「エグゾスカル零」のドラマCDをやらせていただいたんですけど……山口先生の「覚悟のススメ」世界観をはじめ、色々なポスト・アポカリプスもののクロスオーバーをやってみたいというような願望はありますね。 | |
スーパーポスト・アポカリプス大戦ですね(笑)。 | |
それともう一つ、趣味なんだけど商品にしていないのがスチームパンク。今の自分が作ると、先駆者の作品と全く一緒になってしまいそうなんですね。差別化が出来ていないんです。 | |
鋼屋さんのポスト・アポカリプスとスチームパンク、両方見てみたいです。あ、でも今度、スチームパンクは書いていただけるじゃないですか。「黄雷のガクトゥーン」のノベル・アンソロジーにご参加いただくという。 | |
そういえばそうでした(笑)。まあ、「ガクトゥーン」の場合は、元々あるものに乗っかるといういわば二次創作なので、敷居は低いですね。 | |
二月頃に発売の予定で、現在、ノベル・アンソロの制作を進めています。ドラマCD、ファンディスク、と続々と制作が決定した「ガクトゥーン」展開の第一弾となります。鋼屋さんは、本編中でちらちらと語られているヴィジランテ(自警学生)とヴィラン(違法学生)のお話を書かれるということですね。 | |
学園都市にいるのは、マン・オブ・スティール(主人公ニコラ・テスラの異名であり、スーパーマンの代名詞)だけではないのだよ、というお話を予定しています。たぶんバットマンとかグリーンランタンとかいる(笑)。 | |
すごく、楽しみです……! | |
今後の企画の告知にもなりましたところで、今日は暮れのお忙しい中、長時間を割いていただきありがとうございました。 | |
ということで、桜井さん著「灰燼のカルシェール」は、ニトロプラスから2013年2月4日(月)発売&先行販売が1月25日(金)から実施予定! そして、海法さんとニトロプラスが原作の漫画「がっこうぐらし!」は、芳文社「まんがタイムきららフォワード」で連載中&コミックス第1巻発売中です! 両作品とも是非読んでみてくださいませ。よろしくお願いいたします! |