Interview:インタビュー

虚淵玄×下倉バイオ『Phantom PHANTOM OF INFERNO』&『君と彼女と彼女の恋。』発売記念対談

ライターとしての人生設計、考えてる?

虚淵玄:
(以下、虚淵)

『君と彼女と彼女の恋。』(以下、ととの。)だけれど、とりあえずクリアはしました。フルコンプリートをしないのは、プレイヤーとして正しいスタイルだよね。

下倉バイオ:
(以下、下倉)

そうですね(笑)。むしろ、フルコンプされたら作り手側の負けというか……。

虚淵:

そういう訳で、アオイである! と。

下倉:

アオイ派でしたか!?

虚淵:

それでプレイして思ったんだけれど、この後どうするの?

下倉:

うわ、直球できた! いや〜、やり過ぎちゃいましたかね。

虚淵:

だって、あんな作品を作ったらもう後がないじゃん。俺が怖いと思っていたことを全部やられたって感じ。捨て身にも程がある。

下倉:

あはははは

虚淵:

いま俺はテキストアドベンチャーの制作から一歩引いた場所にいるから冷静な目で見ることができたけれど、自分が制作者サイドにいたら『ととの。』は脅威だよ。この後に何か作れといわれたって、辛い、辛すぎる。逆に、この後に涼しい顔をして普通に美少女ゲームを作ったらとんでもない奴だと思うよ。

下倉:

確かに自分の首を絞めている感は、作っているときからありました(苦笑)。

虚淵:

このやり尽くした感はすごいよ、うん。ライターとしての人生設計を考えたら、普通は一歩手前で踏みとどまると思うんだ。

下倉:

人生設計!? ……でも、ニトロプラスというブランドは虚淵さんの頃から後先なんて考えて無かったじゃないですか!

虚淵:

そうかなあ。後先……確かにそうだったかも。

下倉:

ニトロプラスって“エンターテインメントであれば何をやってもいい”って僕は勝手に思っているんですけれど、そのエンターテインメントのためにストーリーがそういう結論になるのならば、表現するために徹底的にやるのもニトロプラスだと思うんです。

虚淵:

普通はちょっと躊躇するんだけどね、そこは。すごい度胸だと思う。

下倉:

そこはやっぱり怖いですよ。

虚淵:

……だよね。

下倉:

怖いから、“これはどう?”って回りのスタッフたちの顔を伺いながら話を作っていたんですけれど、スタッフ全員が「これは徹底的にやるべきだよね」って。どんどん後押ししてくれたんですね。

虚淵:

それは押してる連中が無責任なだけだよ!(笑)

下倉:

あはははは

虚淵:

どうせシナリオを書くのは自分たちじゃないし……って、絶対に思ってるよ。プレイしていて、本当はもう一歩手前ぐらいで止まると思っていたんだ。それが止まるどころか突き抜けちゃった。主人公と○○○とで二股をかけるヒロインとか、もう訳がわからないよ!

ちょっと栄養剤を飲み過ぎた感じ

虚淵:

初回限定版を購入してくれたお客さんの反応はどうだったの?

下倉:

賛否両論はもちろんあるんですが、「ニトロプラスらしい」って声があったのは嬉しかったし、良かったと思ってます。

虚淵:

おそらく10年ぐらい前だと今よりもっと過剰な反応がでた作品だよね。

下倉:

今回の初回限定版はUSBメモリーの特殊パッケージでしたから、ちょっと購入までの敷居が高くて。だから美少女ゲームというものをよく知ってる方が購入してくださったおかげで今のような評価があるのかな、とは思います。ある意味、ニトロプラスのことをよく分かっている方にご購入いただけたので。通常版が発売されたあとの反響には、ちょっとドキドキしています。

虚淵:

良くも悪くも衝撃作だからね、『ととの。』は。ここ数年のテキストノベル系に対しては、個人的にはちょっと寂しいという思いがあったんだ。割と定番というか、マーケティング的な手法がきっちりとできあがりつつあったから、冒険する作品が少なくなってしまった。だから『ととの。』のような作品がでて、「まだまだやれるじゃん!」って驚いたし、元気づけられた。でもね、ちょっと薬が効きすぎというか、栄養剤を飲み過ぎた気分なんだ(笑)。1本でいいところを3本いっぺんに飲んだ感じだよ。

下倉:

わはは。そう言っていただけるとウレシイです。でも、こういうチャレンジをやれるメーカーって比較的少ないと思うので、個人的には“今やらなくては!”という漠然とした焦りというか危機感があったんですね。

虚淵:

同じことをつづけていったら、じり貧になっていくだけだからね。

下倉:

だから、第2、第3の『ととの。』のような挑戦的な作品がいろいろなメーカーさんから出てくると、僕としてはとてもうれしいんですけれど……。

虚淵:

ああいう作品を支持してくれるお客さんがどのくらいいらっしゃるのか、ということだよね。

下倉:

一つの作品に腰を据えて評論を書いたり完全攻略をされたりするような、濃いユーザーさんは少なくなっている気はしますね。ただ、『ととの。』の場合には攻略記事が専門誌さんに掲載されたとき、ネガティブな反応をされるお客さんが多かったんですね。「『ととの。』は自分で攻略してこそだろう」って。

虚淵:

骨のある人は残ってるんだね。

下倉:

そうですね。ちゃんと残って応援してくださってるし、『ととの。』は攻略することが意味のあるゲームに仕上げることができたので、そこを真摯に受け止めてくれたというのはうれしかったですね。

虚淵:

それはありがたいよね。でも、世の中の流れはお手軽な方向に行ってしまうのかな、って感じることが最近多くて。うーん。

下倉:

アドベンチャーゲームの攻略は“選択肢を選ぶ”だけになってしまうと、物語を読むために分岐をこなすだけの作業になってしまいますからね。

虚淵:

そうなんだよ。でも、その「だけ」でいいよという人が大勢なのかな、って気がしていたんだ。

下倉:

コンシューマのタイトルだと、定期的にきっちりと作り込んで遊びがあるアドベンチャーゲームが登場していますけど、美少女ゲーム業界はお話に比重を寄せすぎているという印象はありますね。

虚淵:

そのご時世に、これだけ骨のあるタイトルが発売できて、骨のある人に手にとってもらえたというのは素晴らしいことだよね。

下倉:

でも、2000年当時『Phantom PHANTOM OF INFERNO』(以下、Phantom)を発売したときも、相当なインパクトがあったと思いますよ。あのころはいちプレイヤーでしたけれど、すごい衝撃でしたもん。

「ゲームデザイナー 虚淵玄」の存在感

下倉:

今回の『Phantom』の発売にあたってデバッグを手伝ったんですけれど、フローを見せてもらったんです。あれ、すごくちゃんとゲームしているじゃないですか。

虚淵:

最初で最後だけどね。

下倉:

(笑)

虚淵:

さすがにあれは疲れたよ。

下倉:

『Phantom』を見て思ったのは、「シナリオライター 虚淵玄」の前に「ゲームデザイナー 虚淵玄」の存在を感じるんですね。アドベンチャーゲームの持つ選択肢の意味合いに、一貫したポリシーを持っているって感じるんです。

虚淵:

あのころは、まだまじめにストーリーとゲーム性の両立を考えていたんだよ(笑)。当時は『かまいたちの夜』とか、すごいゲームがたくさんあって、ああいうチャレンジを自分たちもやってみようという気持ちがあったんだ。結果的にだけれど、ゲーム屋としての虚淵玄は『Phantom』が一番色濃く残っているかもしれない。その後のタイトルは、『Phantom』の様なゲーム性とは明らかに別の方向に振ってしまったから。

下倉:

実際のところ『Phantom』はデバッガーが悲鳴をあげていましたけれど、フラグ制御とかってかなり複雑ですよね。

虚淵:

あんなめんどくさいの、よくもまあ一人で作ったと我ながら思うよ(笑)。

下倉:

オリジナルの『Phantom』を制作したときって、虚淵さんの立ち位置はどういうポジションだったんですか?

虚淵:

あのころはもうひどいもんで、シナリオからスクリプトから進行管理まで、一人で担当していたよ。まあ、シナリオの遅れをごまかすために、仕方なく自分でスクリプトを書いていたんだけれど。

下倉:

あははは。

虚淵:

進行管理もしているから、ゲーム全体の進捗報告は「ちゃんと進んでいます」って言えるけど、実際は作業そのものは進んでいるけどシナリオ執筆が遅れているなんてザラだった。ひどい状況だったなあ……。

下倉:

じゃあ、絵素材の発注なんかも?

虚淵:

全部やってた。進行管理をやってたおかげで、好き放題できたんだ。ひどい独裁体制だったと思うよ(笑)。

下倉:

やりたい放題じゃないですか!

虚淵:

『吸血殲鬼ヴェドゴニア』ぐらいまではそんな感じだったんじゃないかな。いやあ、無茶なことをしていたと思う。さすがに今はそんなことはできないし、自分の作品でもリメイクや移植の場合には、信頼できるスタッフに任せちゃうようになったけど。でも、ゲーム屋として成長するなら、本当は『Phantom』の方向でツリーを伸ばすべきだったのかな……とは今でも思うよ。結果的に今はストーリーテラーとしてのツリーを伸ばしたから、アニメーションや特撮の仕事をしているけれど。でも、やっぱりゲームを作りたいという気持ちはあるんだよ。だからゲーム作りをしたかった過去の自分からすると、今の虚淵玄は堕落しているね。

下倉:

でも、もともとは作家になりたかったんですよね。

虚淵:

うーん、どっちも……かな。正直、迷っていたんだと思う。結局はお話をとったのだから、それをやりたかったんだと思うけれど。

ゲームの作り方がわからない

虚淵:

アニメの脚本を書くようになってわかったことなんだけれど、アニメーション制作ってメソッドがちゃんと定量化されているんだ。ここが強い。誰か監督の下について演出とは何かを何年かかけて勉強すれば、ちゃんと身につけることができる。何をすれば良いかという鉄則が明確なんだ。だけれど、ゲームではそこが(俺には)わからなかった。

下倉:

ああ、それは僕も感じます。いつも手探りです。

虚淵:

ゲーム制作って、誰かディレクターの下で修行をすればわかるようになるなんて、絶対に無いと思うんだよね。日本のゲームの歴史ってそれなりに時間はたったはずなのに、未だにゲーム制作は個人のスキルに頼る部分が大きすぎるんだよ。仕様書一つにしても、自社のプログラマーがわかるように書いたものが他社のプログラマーが理解できるかどうかはわからない。それは作り方に幅があるからなんだけれど、自分の考えを共有できるキーマンが抜けたら致命傷になってしまう。そう考えると、結局は自分でプログラムが書けなきゃいけないんだなあ……って思ったあたりから、ゲーム制作は俺には無理かもって思うようになった。

下倉:

そういう難しさは確かにありますね。いままで『スマガ』『アザナエル』は細かな仕様書がなくてもゲームシステムができあがってたんですけれど、『ととの。』で急に「仕様書を書いてください」って言われて、ん? 仕様書って何を書けばいいんだ!? って(笑)。

虚淵:

これがアニメーションとかならコンテがあれば何とかなってしまう。例えば演出さんが途中で降板されたとしても、コンテさえあればどうにかなるんだ。描いた人しかわからないコンテとかないから。そういう意味では、ゲーム作りは本当にブラックボックスが多すぎる。

下倉:

虚淵さんはもうゲームを作らないんですか?

虚淵:

うーん、ゲームそのものがこの先どうなっていくのか、俺にはわからないしなあ。そもそも自分が来年なにをしているか、自分で全く予想がつかないしね。

下倉:

なるほど(笑)。でも、先ほどの『Phantom』の話だとやり残したことはあるんですよね。

虚淵:

大いにある。というか、出だしからすでにできないことばかりだった。俺にとってゲームは幼き日の夢なのかもしれないと思う時があるし、あきらめてしまった部分は自分が思っているよりも大きかったのかもしれない。
あと、そもそもの話として、ニトロプラスで作れるゲームはどういうものなのか? という問題もあるよね。今までは明らかにテキストアドベンチャーゲーム中心だったけれど、『ととの。』に至ってはもはやテキストアドベンチャーと呼んでよいのかわからない。それに、お客さんがPCやコンシューマ以外のプラットフォームにお金を使うようになったのなら、当然そこへのアプローチも考えなきゃいけない。

下倉:

何十時間も机の前で遊んでもらうのとは違ったアプローチを考えなきゃいけないってことですよね。

虚淵:

うん。もっとも、個人的には“だからこそ”そういう重いのをやってみたいと思うけどね。そういったお客さんのニーズを考えると、とたんに途方に暮れてしまう。多様化しすぎているし、変化の速度が猛烈に速い。いっそのこと、その辺は考えないほうがいいのかもしれない。

下倉:

虚淵さんって、そういう部分はかなり意識していますよね。

虚淵:

うーん……意識をしすぎて目をつぶっているという部分はあるかな。もはや読み切れないというのはわかっているし、「この先は度胸!」ってなったら目をつぶって走っちゃう。気を取られすぎると本質を見失うから。ゲームって、遊んでいると楽しいんだけどなあ〜。

下倉:

(笑)

虚淵:

でも、遊んで楽しいゲームをどう作るかって思った瞬間に怖気震うんだよね。これの作り方はわからんぞ、と。

ニトロプラスらしさってなんだろう

下倉:

さっき、本質を見失うって話がでましたけれど、『ととの。』の反響でうれしかったのは「ニトロプラスらしい」って言ってもらえたことなんですね。虚淵さんの思う“ニトロプラスらしさ”って何ですか?

虚淵:

プレイヤーを緊張させたり、ある種のストレスを強いたりすることだと思う。ストレスや緊張感を娯楽として提供するのは、辛味や酸っぱ味をうまさとして提供している飯屋みたいなものだよ。トムヤムクンの名店とかあるじゃない。でもさ、辛さや酸っぱさなんて、自然界でいえば毒物のサインなんだよ。

下倉:

ああ、たしかに。

虚淵:

だから、安堵感よりも刺激を求めている人たちに応えていくのがニトロプラスだと思う。バイオはそういうのを意識していたの?

下倉:

僕の場合、最重要視していたのは“エンタメであること”なんですよね。どれだけキワ物でも、食べた後においしかったと言ってもらえるものであるようにとは、心がけてました。虚淵玄の作品って、見た目がゲテモノでも食べたらおいしかったと言われるエンターテインメントに仕上がっていると思っているので。やろうと思えばどこまでもきわどくてマニアックにできますけれど、エンターテインメントになるようにとは、常に自分に言い聞かせていました。どこまでできたのかは、わからないですけれど。

虚淵:

世の中のエンタメの基準そのものがゆれていて、エンターテインメントと言われているものの半分はヒーリングになってしまってる気がするんだよね。それって、リラクゼーションであってエンターテインメントじゃない。

下倉:

エンタメ作品で泣きだけが求められるって、ちょっとわからないんですよね。泣ければそれでOKなの? という。

虚淵:

もうデトックスみたいなものだよね。そういう健康食品的な摂取物と激辛カレーは別物なんだけれど、同じグルメとしてカテゴリー分けされてしまう。本来は棲み分けるべきものなんだけれどね。

下倉:

今回、ニトロプラスは「お前らはこっちで戦っていろ」とお客さんに言ってもらえた気がするんです。

虚淵:

ニトロプラスがリラクゼーション系のタイトルを出したらまずいだろうね。そんなの食いにきたんじゃねえ! って怒られちゃう。

下倉:

それはやっぱり、最初に虚淵玄のゲームを出してしまったという、ニトロプラスにかけられた呪いですよね。

虚淵:

まあ、そうとも言えるかな(笑)。でも、『ととの。』の後はどうするの?

下倉:

次に作りたいのは「ヌキゲー」です!

虚淵:

うーん(笑)。でも、『ととの。』の次に来る作品としては真摯な態度ではあるか。あのシーンの続きと思えば。

下倉:

彼女のためにも新作を出し続けなきゃいけないんですよ、ニトロプラスは!

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